月曜日, 10月 13, 2008

庭師ごとく地域社会とコミットする


自分の周りを取り囲む環境が急速に変化している。
だぶん、自分自身の心境の変化が原因だろう。
今日は伊勢でとある学会に参加したが、もう、僕の魂に響くものはない・・・

財政難に喘ぐ地域。僅かな助成金を目当てにしていても、それだけでは、埒があかない。立派な論文だって大抵はお蔵入りだし・・
同様に立派な芸術作品だって、「日の出」をみなければ意味がない。
だから、僕は、自分のインスピレーションとアイデアを信じ、それに実行力によって「日本の地域活性化」を実現したい。
人と人とを繋いだり、技術のイノベーションで・・

全てにおいてスローな日本。
ビジネスマンの立場で、政治、学者、宗教家とは異なる視点で、速いレスポンスでもって地域社会とコミットしていきたい。

実は僕の家系は、伊賀の地で代々庭師を営んできた。
庭師は、侘び寂びの世界観である茶道や禅とも共通する、大自然と人間との関わり方、静と動、タオ、季節感などの総合芸術であり、コスモロジーな哲学である。僕は、この庭師としてのDNAや美意識を地域プロデューサーとして現代に応用している。

一見して静かではあるが、思想や宇宙観によって緻密に設計され可視化されたダイナミズムな庭の世界。

僕が地域をプロデュースをする際にも、優れた庭師の思考法やプロセス、そしてコスモロジーを模範とすべく試みている。

いつもリスペクトするのは、ブライアン・イーノ(音楽家)と岡本太郎(画家・彫刻家)。
もちろん、偉大なる芸術家の彼らは庭師ではないけれども、彼らにも、それとおなじ空気を感じる。
イーノならばどう表現し、どんなプロセスを踏むだろう?ということを意識して仕事をしている。

日曜日, 10月 12, 2008

こんな時勢だからこそ、ワクワクします!

リーマン破綻から世界同時株価下落へ
日本も今週末の日経平均が一気に8000円台。それに輪をかけて円高ときているWow
昨日はまさかのREITの投資会社も倒産。そして、REIT関連株も連動して大下落。
REITは僕も投資を前向きに検討していたので、このニュースには驚きを隠せなかった。
日経新聞によると、今回の株安によって日本人一人当たりの平均で200万を失ったとのこと。
まったくもって、不景気な時勢。でも、僕にはその実感はないけどね(笑)

こんな低迷な空気に決して巻き込まれてはいけない。
どこ吹く風って感じで、邁進すべきだ。
最終的には日本を含めアジアはサブプライムの影響は少ないことが判明されるはずだから・・

例えば、もう既にレクサスのような富裕層向けの高級商品が売れなくなったとか、それによって外貨を稼ぐ大手メーカーの業績悪化とか、そんなニュースが飛び交ってくるだろうし、雇用者のボーナスにも影響がでて、確かに一見して悲壮感がますます露呈するだろう。
ちなみに話は変わるけど、「日本人の富裕層」って、見栄っぱりの一時の行動を指すそうだ・・・

僕は、別にレクサスに興味ないから問題ないし、給料に影響が出ても、贅沢しなければいい。
そうなんだ!僕らは贅沢しすぎている。
例えば、飽食。好き放題食べるていることがメタボの主因だし、これがやがて糖尿病や心筋梗塞などの重大疾患につながって最悪は命を落としてしまう。
だから、最低限の食事で、例えば1日の摂取カロリーを1200kcal程度に抑えさえすれば確実に痩せて、かつての健康な体に戻すことができるだろう。
要は「お米」があればいいのだ!今世間を騒がせている事故米事件は、日本人にもう一度お米の大切さを知らしめるための“テロ行為”だったということを果たして何人のヒトが知っているだろうか。

でも決して、粗食によって「悲壮」にならないこと。
例えば、リニューアルした今月号のGQマガジンをみてほしい(表紙は台北出身の金城武)。
世界恐慌どこ吹く風って感じのCool,Rich&Gorgeousnessだから・・
言ってることが矛盾している!って?
無駄で無意味なことをやめてしまって、Cool,Rich&Gorgeousness(別に、お金だけを対象にはしていない!)なライフスタイルへと変革する意識改革が必要なのだ。
このことを悟った今の僕は、ワクワクしてたまらない。
お手本に、今のモスクワや北京、香港、そして台北をもっと知るべきだ。
(こちらは、美しさに輪をかけたキョンキョンが表紙の今月号の『大人のOFF』をご覧いただきたい)

これらの街に共通するキーワードは、「24時間ノンストップで眠りを知らない街」であると台北で確信した・・・
モスクワで最もホットなナンバーワンFM局、Radio Montecarloが24時間流し続けるこの熱い音に耳を傾けてほしい!
そして、24時間彼らとともに踊り続けようではないか!
これが新興国の熱いリズムだ!!
ダンス・ダンス・ダンス
http://www.montecarlo.ru/

土曜日, 10月 11, 2008

Cool TAIPEI!

台北での5日間。
典型的なアジアンな生活感漂う下町から世界第二位のTAIPEI101という超高層ビルまでもが混沌と一体化する近代都市。
市民のスピード感のあまりの速さに陶酔し、そして、ダイナミックな発展を遂げる商都。
かたや日本は“スロー”をキーワードとするライフスタイルや経済活動の風潮が漂うなか、この台湾にもBRICs新興国にも遅れをとり、グローバリズムで距離を離されていくのだろうか。
100チャンネルを超えるTVでは、NHKの同時放映は当たり前で、日本の民法番組もほぼ網羅されて、
改めて、台湾人の日本贔屓であることを実感した。
日本に対する信頼の高さや憧れは半端ではないようだ(この点が中国、韓国にはない)。

実は、今回の僕の台北におけるプロモーションの目的が、これらのトレンドを掴むことであった。
要するに停滞する日本の、特に地方再生のために「台湾パワー」に活路を見いだしたいのだ!
旅立ちまでは、そんな雲をつかむような話!?と自分でも正直半分以上は夢物語だったのが、
たったの5日間で、出会ったビジネスマンや台湾政府の官僚の数はなんと、100人!
彼らとの商談によって、この夢は現実となり、また、来月には再訪問して、この国での僕にとっての第一弾のビジネスがスタートする・・・日本では考えられない異常なスピード感!
要は、「ここで何をやりたいか?」、「そのためにどうしてほしいのか?」さえ、きちんと説明できれば、
誰でも温かく受入れてくれる街なのだ!
でも、やはりモノごとはそんなに容易くはない。
台湾という華僑の世界にどっぷり浸かるには、それなりの勇気と試練への心構えが試されるのだ。

写真上から
◇世界第二位の高層ビルTAIPEI101・・なんと、たった6人の実業家の私費によって建てたられたというから驚きだ
◇馬総裁のスピーチ・・中台の緊張を改善し、winwinwinによって共に経済発展繁栄するアジア太平洋政策や内需拡大について語る
◇60元(日本円にして180円)でお腹いっぱいになる夜市(屋台)
◇仕事が終わったら、ホテル近くにあるバー(写真.彼女ではありません!)で冗談をしゃべりまくって、しめは極上の足裏マッサージへと通った




火曜日, 10月 07, 2008

沖縄から台湾、そしてグローバルに

熊本の天草・八代から沖縄県大宜味村、そして、台湾へと、
移動続きの日々。
10月5日から9日までの5日間、もうすっかりお気に入りの台北に滞在。
我が社にとって、ひとつの目標でもある中国ビジネス進出の布石となりそうな台湾・・

中国という巨大な市場に対して、
台湾のもっているポテンシャル、そして彼らの親日感情を活かし、そして、共に協力しながら、
これからのアジア太平洋地域の経済発展を享受し相乗的に成長することを目論んでいる台湾の政府や経済界。

馬英九総統の中国友好政策も功をなして、ここ台湾の位置付けや重要性が明確になってくるだろう。

今回の訪台の目的はTaiwan Business Alliance Confenceという国際会議への出席だった。
これからは、日本国内だけという狭い視野ではだめ。アジア太平洋地域というグローバルな視点に立ってみてこそ、これからの勝算やビジネスチャンスが溢れていることを現実として感じられた

水曜日, 10月 01, 2008

桟橋から“中国行きのスロウ・ボート”へ乗り込もう

今日から10月。世間では新年度としてスタートする企業も多いことだろう。
昇格とか人事異動で職場の空気も入れ替わる日。
あの松下電気産業もパナソニックとして社名変更したそうだ。

行政では、本日発足した観光庁に期待している。
2000万人の外国人旅行客の誘致目標を掲げており、これが達成することで現在の少子高齢化で減少したGDPを補えるとの心強い経済波及効果の試算もある。
麻生総理の言う「観光を通した地域振興」の実戦部隊となる。
その観光庁発足を記念した全国リレー形式によるシンポジュームがようやく関西で決定した。
初代観光庁長官の本保氏、奈良県知事、京都市長、関西空港会長などの蒼々たる面々が発言される。

http://www.travelnews.co.jp/2008/09/kankou080930.html

先日の日記にも書いたように、対アジアを全面的に打ち立てた九州ブロックでのシンポジュームがとても好評だったので、
日本を代表するインバウンド観光地である京都のある関西の地で、どんな話題や具体的な戦略が提起されるのか期待したい。

さて、これからの日本が観光立国としてグローバルななかでブランド確立していくためには、どのようなアクション・プログラムを描くべきであろうか。
以下に今週号の日経ビジネスの記事を抜粋する。

・100万円の真珠や高級時計を買い漁る中国人買物ツアー客が九州に上陸。
・低迷する国内経済の打開策として中国人富裕層を狙うことは必須。
・中国人の訪日旅行における一人当たりの消費額は17.5万円
・中国政府の現金持ち出しの規制があるため、中国で普及しているデビット・カード(銀聯カード)を使用可能にした大手百
貨店やスーパーマーケットが一人勝ちしている
・今後、中国政府や日本政府の規制緩和が緩むと、個人旅行者などによる訪日予備軍は500万人にのぼる
・中国からの大型客船対応のフェリー岸壁の整備はもちろんのこと、観光バスが駐車場整備が必須

確かに、これからは中国市場を狙うことは重要だろう。
でもちょっとよく考えてほしい。
流行やライフスタイルの潮流を考えるとき、ヨーロッパは20年先、アメリカは日本の10年先を行っており、逆に、韓国は日本の10年前、中国は20年前・・と定義できるらしい。
これは、村上春樹などの流行小説を手がけてこられた元編集者の高橋一清氏から教えていただいた。
実際、村上春樹は、この潮流を理解し、あの初期の代表作である「風の唄を聴け」や「中国行きのスロウ・ボート」などを生んだ、とのことである。
前者が日本の一歩先を行く(といっても、ロスト・ジェネレーションと呼ばれる虚脱感の世代にある)アメリカ探しがテーマであるならば、後者は正にタイトル通りスロウな中国。自分探しの神戸の港町をクロスロードに対局にあるアメリカと中国を俯瞰していたと捉えることができる。

つまり、今の中国は80年代のバブルに沸いた日本人そのままなのである。
日本人がヨーロッパに行って、高級ブランドを買いあさっていた時代を映しているわけだ。

このように考えると、“世界の潮流”というのは実に面白い。
まるで、ひとつの生き物みたいだ。
今、ようやく、あの当時のヨーロッパ並みに成熟した日本。

外国人観光客は中国人だけではない。
間違っても、中国人観光客を狙うなと言っている訳ではない。環境や伝統文化を大切なものとして意識する欧米人にも評価してもらえるような地域をクリエイトしていかねば、これから10年、20年先の日本の観光は廃れると警告したい。

金曜日, 9月 26, 2008

日本の夜明けは西から

華々しい北京オリッピックの世界祭典が終わり、やはり、恐れていた最悪のシナリオ、、、、世界大恐慌。
これで、中国のバブル経済発展も遂に完全崩壊か。

サブプライムに端を発した、今回のリーマン・ブラザーズの破綻劇から金融大不況は、世界大恐慌の様相を呈し、
好景気に沸いていたイギリスですら、ブラック・マンデイの月曜日の朝は、まるで80年代の日本のバブル崩壊のようだった。
週明けから、こんなヘビーなグローバルな経済危機な状況なのに、
日本の地上波では事故米問題やら総裁選ばかりをやたらと強調していた。
だから、今週は、深夜から朝方までアメリカbloombergTVやCSBCTVでの世界中の緊迫した経済市場動向に釘付けだった。

でも、麻生新内閣には個人的にエールを送っている。
全治3年という日本経済を立てほしいし、
こういう時代だからこそ、日本の底力を発揮してもらえるような政策を
心から望んでいる。

それと麻生さんが九州人であることもいい。
新しい時代は、いつも、西から。
薩摩に長州、土佐・・・

昨日から、僕は博多で、「観光庁発足の記念フォーラム」に参加し、
九州の観光キーマン達の熱い情熱に耳を傾けながら、
新しい日本の夜明けが近いのを、なんとなく感じ取っていた。
「観光庁」の発足は、地域にとっても、そして、プロデューサーの僕にとっても、
本当に大きなチャンス!

そして、博多から僕にとっては第2の故郷のような天草に再訪し、多くの友人や知人と再会を喜びあい、
「天草・八代の観光まちづくり」に向けて、
グローバルな視点を入れた新たなプロジェクトの抱負は膨らむばかり・・・

水曜日, 9月 10, 2008

沖縄ヤンバル(大宜味村)の地域ブランド認定式



先日、沖縄県庁にて大宜味地域ブランドの助成事業認定式が行われた。
僕はプランナーとして、裏方に完全に徹し、地域の人たちの手によって、孫の世代に誇れる
21世紀の大宜味ブランドをクリエイトしていく。
具体期には環境保護型観光産業の創出である。
確かに一筋縄では解決しない、難しいテーマではあるけど、地域の人たちとともに、
じっくり時間をかけて、後世に残るいい仕事をしたい・・・

そして、ヤンバルでの活動拠点も用意していただいた。
聖地・七滝の轟音が木霊する本当に素敵な場所です。
七滝の麓!夢のような話です!

土曜日, 9月 06, 2008

新しいオフィス




9月から新しいオフィスに引っ越し。
といっても、同じビルのしかも同じフロアー。
これまでのSOHO事務所から、ぐぅ〜んと広くなり、ようやく事務所らしくなってきました。
静かに静かに・・、自分と向き合いながら、スローにスローに、そして時代とコミットしながら、
いい仕事をいっぱいしていきます!

神戸に来られたら、是非、遊びにきてください。

ホームページもリニュアルしてスッキリしました!
www.moonsault.co.jp

木曜日, 7月 31, 2008

ニック・ドレイクとジョニ・ミッチェルの娘たち




台北から戻ったのも束の間、今日は7月の最終日ということで、
様々な〆切が重なり合って、相変わらずドタバタしている。
これから伊丹空港より羽田にすっ飛んで、とある助成事業のプロポーザルを駆け込みで提出してトンボ帰り(笑)
いつもながら、ギリギリ癖が治らない・・

さて、ここ数日、久しぶりに大量の新作CDを購入。
それも、新人女性ものを中心に・・
8枚ぐらい買った。

先ず、Amy Winehouseの“Back To Black”
60年代そのままんまのコスプレ状態のイケイケな音。
僕はこういう大胆かつ迫力ある音が大好きです。

どうやら今、イギリスのシーンではAmyのような60年代を彷彿する白人ソウルが盛り上がっていて、
つぎのDuffyの“Rockferry”なんかは、60年代にイギリスで活躍した白人ソウル歌姫のダスティ・スプリングフィールドのそのままんのパクリ。
60年代に青春を送った団塊の世代でダスティを知っている人には、もう、孫と一緒に楽しめちゃう訳です。
これには、僕もびっくり。
ちなみに、僕はダスティのリアルタイムなファンではありませんが、
この2枚のイギリス発のソウルな音を娘と一緒に楽しんでいます。我が家のヘビーローティション!
彼女はUKチャートで1位をとったりして、イギリスのポビュラー・シーンって、ホント、マニアックですよね。

実は、これらの音の裏には、ニック・ドレイクというイギリス人シンガーとジョニ・ミッチェルに共通する
ソウル、フォーキー、ジャズといったジャンルを超えたアバンギャルドに挑戦しようとする、
強い意気込みが感じられるのです。
それは、閉塞する時代感、軽薄短小な今のラップやポップスに対するアンチさ。
だから、彼女たちはニック・ドレイクとジョニ・ミッチェルの間に生まれた娘たちと評されているそうです。

そんななかで、僕にとっての決定打は、Melody Gardotのようなアーティストがようやく00年代に出現してきたこと。
ニック・ドレイクとジョニ・ミッチェルの間に生まれた娘そのままの彼女。
交通事故によって深い傷と障害を持つ彼女の唄は、
その人生観を映すように痛々しい。
例えば、ローラ・ニーノやJudee Sillのような絶望的な凍った世界。
ある雑誌で、“彼女の唄には、ローラ・ニーノが悲しみのなかにちらりと見せた優しさを感じる”みたいな
出来すぎた評論があった。この喩えに共感! 全く、その通りなシンガーです。
アバンギャルドな21世紀のジャズは彼女のようなシンガーソングライターから生まていくのでしょうね。きっと・・

ニック・ドレイクとジョニ・ミッチェルの間に生まれた娘・・・
実は、今年のサマーソニックにこの匂いがする、これからの女性アーティストが続々と登場する・・

水曜日, 7月 30, 2008

台北40 hours 〜謝謝



台北の旅は大忙しだった。
深夜、空港に到着し、翌々日の早朝には帰国した。
滞在時間は、たったの40時間弱。
が、しかし、そこで出会った人は数えきれず・・

滞在期間中に付きっきりでお世話してくださったガイドの女性に
「あなたの雰囲気はとても台北とマッチしている!」って言われたけど、
そう指摘される前に、自分がこの街、そして、台湾人と接するときの彼らのスピード感やフィーリングに心地よさを感じていた。
まぁ、それぐらい、台北の街が好きになった訳です。

そして、これから、今回招待いただいた台湾企業とビジネスを通じて、
この街に頻繁に通いつめて、そして、自分の商売の腕も磨かせていただく。
なんと言っても、この街には商売上手な華僑がたくさんいますから・・・

てな感じで、今回も素晴らしく刺激的な旅だったわけです。
謝謝





(追記)
滞在中は、台風が近づいていて、強風と大雨の台北市内。
帰りの早朝便が飛び立つ頃に大接近。
前の晩、台北のみんなから、「絶対、帰れないよ〜」って心配されたり、
「あきらめなさいよ・・明日の晩、またまた楽しい台北の夜市に連れて行ってあげるから〜」
みたいなノリで、みんなニコニコ顔。
でも、結局、飛行機が飛んで無事アデオス!
帰国したその晩は、台湾から何本も携帯に電話がかかってきて
「あんたは、強運の持ち主だよ〜参った」
こんな楽しい一幕もありました。
でも、心の底では、もう一泊、ゆっくりと台北の夜の街を一緒に満喫したかった




写真上から
・台北の超一等地で台北市街が見晴らせる新しいオフィスの社長室でご機嫌のTeresa社長(壁の写真は私とこの企業を結びつけてくださったチェ・ツァン法王)
・この会社が制作したDVDをプレゼンしてくれたオフィス・レディ
・台北一人気の菜食中華レストランにて・・お世話になった施さんと上原さん(在日台湾人)

土曜日, 7月 26, 2008

なじみのラウンジから


本日、旅にでます。
台湾の台北へ
久しぶりの海外。
台湾のとある財閥の本社移転を記念したティー・パーティに招待されました。

ここは、なじみの成田空港南ゲートの全日空ファーストクラス・ラウンジ。
この静かなエグゼクティブな空間で、ワイン飲みながら、
旅の始まりと、出会いを予感するワクワクしたひと時が一番好きです。

月曜日, 7月 21, 2008

BBQパーリィ〜



























































WEBER日本支局普及委員でBBQの達人の僕が?!、久しぶりにパーティを主催しました。
場所は、六甲アイランドの北埠頭。
東京からシンガーソングライター、ブラジル人歌手の息子、ノルディクウォーキング・インストラクター、エンジニア、オーストラリア留学生などなど・・・
国籍も年齢も職業もバラバラの20名。
飲んだアルコールはタイガービール(1ケース)、えびす黒6本、泡盛一升、コーラー(1ケース)、ジンジャー(1/2ケース)
ミニライブもあって、死ぬほど楽しかった!
来年はPA持ち込んで、DJもやろう
ちなみ美女に囲まれた青年はブラジル人シンガー、ジョゼ・ビニェイロ氏の息子太一クン

日曜日, 7月 20, 2008

Shuggie Otisの世界


偉大な音楽家、ポール・マッカートニーとバート・バカラック。
ガキの頃からリスペクトし続けている。
ビートルズの名曲は全てマッカートニーによる功績だ。
個人的にはジョン・レノンはどちらかと言えば嫌いなタイプ。特に、「イマジン」は好きになれない。
そんなことはどうでもいい・・

先月から、月の半分を沖縄と熊本で半分ぐらいを過ごしている。
久々に神戸に戻り、メローな摩天楼の夜景を眺めていると、
Shuggie Otisを聴きい気分に・・

Shuggieは70年代のアル・クーパーとの“スーパー・セッションVol2”というアルバムでデビュー。
クーバーが、無名のShuggieという天才少年ギタリストを発掘しセッションした作品。
このアルバムは既に廃盤になっているけど、大好きだった。

70年代のサンフランシスコ・ソウルに分類されるのだけど、
このアルバムと同じ空気が流れているのは、ブラジル人Marcos Valleの“Previsao do tempo”というアルバム。
こちらも70年代のレア。

そして、現在、この二つのアルバムにインスパイヤーしているのが、イギリス人のSean O`Hagen。
彼のバンド The High Liamasによる一連の作品は北欧を旅したとき聴きまくっていた。

僕は、このラインナップがシスコ、リオ、ロンドンの時空を超えた同じ空気を感じる。
そんなことを感じつつ、肌身離さず愛用しているグリーン色のi-pod Shuffleでイヤホンから流れててくる
音にほくそ微笑み、そして、最後にはバート・バカラックに戻っていくというような、
そんな空想的音楽鑑賞を楽しんでいるリスナーなんです。

月曜日, 7月 14, 2008

運命だけでは出会えない人と出会う方法!

人と知り合うことの重要さ。

人と人との出会いは、運命によるものだと思い込んでいた。

でも、自分が知り合いたいと思う人は、決して、タイムリーにやってくるものではない。

確かに、僕は、人との出会いに恵まれ、多くの素晴らしい友人やビジネスパートナーに囲まれている。

いつも、僕の小さなオフィスに訪れてくれる事業家の大先輩がいる。
初老のその方のヴィジョンが宇宙的に大きくて、まだ、経営者としてスタートした僕は、ためらいと羨望のまなざしで彼の姿に憧れている。

経営のことをハンズオンで教えてくれる彼。

そして、僕のビジネスとは違う、桁違いのビジネスチャンスを与えてくれる大らかさ。

経営者は孤独ではあるが、時にして、こういう人からの支援は日常茶飯事のようだ。

なぜなら、いざというときのためのネットワークでもあり、そして、お互いが成長することで、利益があるから・・

「君は○○さん(有名な財閥の方)を知っているか?」と彼。
「自分には、そんなネットワークありません」と僕。

人と繋がっていくことはビジネスの基本。
どうせ、繋がるのであれば、できるだけ社会的にインパクトのある人や大志をもっている実業家であるほうがよい。
10万を稼ぐのも、1億も、そのエネルギーはさほど違わない。
だから、大きく物事を考えていくこと!

ほぼ、毎日、彼とこのような刺激的な会話を楽しみながら、
彼のリクエストするビジネス論に一歩一歩、近づいている。

水曜日, 7月 09, 2008

大宜味ブランドをプロデュースします


独立起業して、初めてのビックプロジェクトとなる「大宜味・地域ブランド化事業」。
この事業の総合プロデューサーをします。

大宜味村は、沖縄本島北部ヤンバルに位置する日本一の“長寿の村”として知られる村。
3年前、僕はここの聖地、七滝に惹かれ、そして、この滝の麓でカフェを営みながら日本野鳥の会員でNPOやんばる森のトラストを主宰する市田さんとの運命的な出会いがあった。このことは、過去、このプログの記念すべき最初のページに紹介した。

大宜味村は、豊かな自然の宝庫、芭蕉布の伝統産業、ウンガミを始めとする文化人類学上でもユニークな祭祀、長寿食、そして、森の妖精“ぶながや”と豊富な資源に恵まれている。
その一方で深刻な高齢化、基幹産業である1次産業の後継者不足、昨今の公共事業の圧縮によって建設業が軒並み衰退した。これによって若者の就業の場が極めて悪くなっており、これによって少子高齢化のスバイラルから抜け出されずに苦しんでいるのが現状だ。

このような状況を憂いて、島袋村長が年始に表明したのは、「環境保全型観光産業への転換」だった。
豊かな自然や文化・風土を資源として、この村に公共事業に代る新たな観光産業としてエコ/グリーンツーリズムを創設する地盤をつくり、若者が起業しやすい環境に整備するのだ。
今回、僕のミッションは、この村長の政策方針を実現化させるための地域ブランド戦略である。

答えはあるが、その方法論はない。
これがポイント。その方法論の糸口は、行政の力だけでは見つけ出せないだろう。
だから、プランナーやコンサルタントの時代は終焉し、地域プロデューサーやクリエーティブ・ディレクターの活躍が期待されているのだ。
僕はもう行政の下請けではない。彼らと対等で、どちらかと言えばオブザーバー的な立場にいる。
そして、その基礎にあるのは、お互いが信頼しあっている関係であることだ。

例えば、もう、行政にはお金がない。
だから、行政の委託金をあてにする従来のビジネスモデルは破綻する。
でも、視点を変えてみると、実は、お金は市場にジャブジャブと使い道に困り有り余っているのが現状だ。
この金脈にアクセスする方法を探しだし、地域に還元していかねば活性化はあり得ないのだ。
これもポイント!もう公共事業には頼れないのだから・・

前にも書いたが、僕は活動拠点の半分を沖縄に移すこととなる。
神戸と沖縄を行ったり来たりの生活。
沖縄から更に台湾、フィリピンへと活動範囲を広げてみたい。

月曜日, 7月 07, 2008

島サバ(草履)を履いてどこへ行こうか!?


島サバとは、魚の“鯖”のことではない。
沖縄のゴムゾウリのことだそうだ。

やんばるのジャングルの開拓地に、陶芸家のKさん夫妻のお宅がある。
ジャングルに囲まれた庭はきれいに掃除されている。
ご主人と中学二年の娘さんの三人住まいの古民家も素敵だ。
どこかバリ島を感じる庭。

インド放浪旅の思い出、東京の芸大時代のこと、沖縄の文化や自然が壊されていくことへの怒り、
沖縄人の良いところと悪いところ、、、
お話は尽きない。

なかでも、印象的だったのが、芸大を卒業して沖縄に戻ってこられたときの、自然破壊の惨さ。
まだ、本土復帰前だったそうだ。
東京では、沖縄に帰る日を待ちわびては、島サバをはいてウチナーを歩きまわる自分の姿を想像してはワクワクしていたという。
でも、思い出の沖縄はそこになくなってしまっていた。
陶芸制作に集中するため玉城からヤンバルへ移住して20年。もっと自然を求め、さらに奥地へ、島へと移住計画中だそうだ。

ネパールのポカラにギジムナーというチベット難民が経営する宝石店がある。
この店は、彼女が友情の証として彼らに寄付したお店だそうだ。
ギジムナーとは、ヤンバルの精霊のこと。
沖縄の人がネパールに旅して、真っ先に、「ギジムナー」という言葉に惹かれ、店に入る。
そうすると、この店のオーナー夫妻はKさんとの約束を守る。

「日本人が困っていたら、助けてあげてほしい」という言葉。

Kさんとチベット難民夫妻との約束は、やがて大きなスピリットとなって、いまでも、日本、琉球、チベットとの心の交流を生み続けている。

今、僕は、沖縄本島北部の大宜味村に活動拠点の半分を移しつつある。
神戸と沖縄を往復する日々。
大好きな沖縄で仕事ができて、しかも、こんなにコアなウチナンチューに出会えたヤマトンチューとして、やんばるの自然保護や島の活性化に貢献できることを誇りに感じている。
Kさんには、今回、僕がプロデュースする地域ブランディング事業に参画いただいている。

月曜日, 6月 09, 2008

“聴かされた”ことからの始まり

幼稚園の頃、父の大好きだったグループサウンズが、我が家のチープなステレオから流れるBGMだった。
それから小学校5年でビートルズを聴きはじめたオマセな少年にとっては、リバプールから発せられるそのメロディやビートがとても懐かしく響いたものだった。それもそのはず、グルーブサウンズはビートルズやストーンズ、そしてモータウンからもろ影響を受けていた。
このように考えてみると、僕たちのような60年代始めに生まれた世代は、原始体験として聴かされてきた音楽が非常に豊かだったのではないと思う。
幼い時に何を聴かされていたかという経験は、その人の潜在的な音楽感性に大きく影響するのではないだろうか?
重要なのは、「聴く」ことではなく、「聴かせされる」ということ。
聴かされた、あるいは、聴いた、つまりインプットされることによって、自分の思考が決まり、取捨選択して「聴く」というアウトプット的に行為となる。

さて、最近は、CDが売れないそうだ。
音楽を携帯やMP3プレーヤーで聴いたり、買ったり・・・そして、消費パターンも随分と変わった。

音楽の素晴らしいところは、イマジネーションを膨らませれることだと思う。
例えば、未だ訪れたことのない見知らぬ土地の音楽を聴きながら、その情景をイメージしてみたり。
音楽によって、実に心が豊かになる。

最近は、例えば、かわいいジャズ風のムード音楽とか、ドラムが入っていない曲をコレクションしている。
ギターのソロだったり、パーカッションとギターだったり、あるいは、コーラスだけだったり・・・
こういう傾向の古い曲を中古レコード屋で探しながら、街歩きすることって、とても楽しい。
僕の住む港町神戸には、結構いい感じの古くから営業しているカフェもあって、昭和やグループサウンズの空気を感じることができる。

水曜日, 6月 04, 2008

His Holiness Drikung Kagyu visitd in kyoto


On 28th may, His Holiness Drikung Kagyu visitd kyoto for inaugurate a new Drikung Kagyu center.
This facilities are bases of the spread activity of Lamaism that lineages of the Kagyu school of Tibetan Buddhism in Japan.

A sacred Tibetan ceremony was held there. Human race's prayer to peace sounded and it extended. And the rain was stopped, as soon as rainbow in the blue heavens.

After ceremony me&my wife met with His Holiness ,and we talked about my planning what mr.Phonsok Ladakhi`s Japan tour and Tibetan festival in this autumn.He was pleased.
And he introduced us Rinchen Dorje Rinpoche who is the chancellor of new Drikung Kagyu center in Kyoto.

木曜日, 5月 29, 2008

Be kind to other people!


「何かを与えれば、代わりに得るものがある。それは“幸せ”だ。」
                    --ダライ・ラマ法王

自分のお金で自分のために買い物ばかりしていては、きりがない。
取得は本物の幸せを生み出さない。
だれよりも大きいボートも速い車も、決して手に入れることはできず、物欲のサイクルのなかを永遠に回りつづける。

でも、自分よりも幸運でない人に何かを与えれば、心が温かくなって、世界をよりよくしたいという思いが刻み込まれる。

そして、自分よりも「持っていない」人々を助けることは、人間として一番の義務である。


例えば、企業や組織の利益とか体制とかに固執するあまり、人間本来の菩薩心やこの義務を果たせない人があまりにも多い。
そういう人に限って、経済面ではリスクを犯しながらも自由奔放に社会のために活動する個人(たいていは、立場の弱い起業家やフリーランス)への風当たりが強い。

できるだけ、大きな心で、そして、常に上を見つめていこう!

そういう心境になり行動も伴えば、
最高級のシートに深く腰掛けながら、最高にハッピーでヒップな音楽に包まれているような人生を手にしたようなもの。

「心さえ定まれば、すべては成就する」
                 --柿坂神酒之祐 天河神社宮司

金曜日, 5月 16, 2008

聖なる静けさ〜天川村にて


風薫る5月。
久しぶりにネクタイをしめて、熊本へ出張した。
その窮屈さや重い空気と曇った気分を祓いたくなって、翌日は天河へ。
大都会神戸から2時間弱という物理的な時間距離にもかかわらず、平日の天川村は、聖なる静けさに満たされていた。
僕が初めて天河を訪れたのは1980年。それ以来、この村の空気は何一つ変わってないような気さえする。

天河では禊場の河原で瞑想した。天の川の流れのサウンドスケープが絶妙な『1/f』のゆらぎで、野鳥のさえずりと混じって、それはそれは心地よかった。

社務所で、龍村仁監督の『地球交響曲(ガイアシンファニー) 第一番スペシャルエディション』DVDを購入。
このスペシャルエディションには、この映画の20周年と、そして、天河のご遷宮20年を記念して「天河交響曲」の特典映像が付いている。
これは、龍村氏がガイアシンフォニーの構想を練り始めた20年前に第一番の制作過程で消えていった、天河神社の年間の神事の貴重な映像だ。
この映像は社務所のVTRでしか観られなったレアな作品。僕はこの映像を社務所で観てから、欲しくて欲しくてたまらず、神社にお願いしましたけど、結局、無理だった代物だったので、今回、購入できたこと、とても嬉しかった〜
ところで、龍村さんが天河神社の信者であることをご存知でしたか?
ガイヤ・シンフォニーには、天河の映像や神事が収められています。
そして、この映画の構想も、ここ天河で20年前にスタートしたそうです。

20年前の遷宮祭は素晴らしいかった!
こんな小さな山奥の過疎の山村に、世界的なアーティストを集結させてしまう柿坂宮司のその力に、言葉もでなかった。